第壱話・兆候
−月華の剣士インターネットノベル−

1999/01/07 - 1999/08/11
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雪と別れてから、既に二日が経っている。雪と闘った所とは別の雪景色の中、楓は村の街道を歩いていた。満面の笑顔で駆け回る子供たちの横を通り過ぎ、街道を南西に向かう。あちこちで話を聞く限り、兄と思われる人物がその方角へ向かっていると分かったのだ。さすがに真偽は不明だが、他に手掛かりが無い以上、その人物を追ってみるしかない。

……少し前。兄を捜す事を決心して玄武の翁の元を出、楓は各地を回ってきた。

その中で兄を捜す傍ら、彼は国の悲惨な現状を目にしている。荒れ果て廃れた農村や、何かの争いの舞台になったと思われる焼け野原。そしてあるいは病で、またあるいは争いで受けた傷によって誰にも看取られる事無く死んでいったと思われる人々。

無論、目を背けたい場面もあった。無関係なのに、諍いに捲き込まれた事すらある。互いを疎んじ、妬み、挙げ句の果てには──殺し合う。それはさながら、今の乱世を象徴するかのようだった。

(何かが起こっている……?)

胸中で呟いて、楓は自分が目指す方角の空を見やった。この地と同じく、空には雲が掛かっているのが見える。それは良いのだが──その雲が本来ある筈の無い、暗黒の色に染まっているように見えるのは、気のせいでは無い筈だ。

何か、大きな力がそこで渦巻いている──楓は直感的にそう判断した。何故か、と聞かれれば答えられる術はなかったが。

「…………」

楓はそこまで考えてから溜め息を吐きつつ、大きくかぶりを振る。考えても何も分かる筈も無く、第一自分には関係ない。そんなものより先に求めなければならないものが、自分にはあるのだ。
 そう思い直し、楓は前方に意 識を戻す。と、

「──? 何だろう……?」

ふと視界に人垣を見て、楓は足を止めて首を傾げた。何かあったのだろうか?

そんな楓の考えを裏付けるように、人垣の中からやや上ずった男の罵声が聞こえてくる。

「てめぇ! 俺様にケンカを売ろうってのか!?」

それを聞き、楓はすぐに状況を判断した。察するに、よくある荒くれ者同士のケンカだろう。乱世のせいか、最近は特に多くなっていることだった。だが、しかし。次に聞こえてきた声は、楓の予想を大きく裏切っていた。それどころか──

「そのようなつもりは、更々無い。さっさと失せろ……」

(──!?)

先程の男の声とはまったく対照的な、冷然とした響きの声音に楓は、正に字の如く、凍り付く。

(まさか──)

戸惑う胸中とは裏腹に、楓は反射的に人垣の元に走り出していた。同時に、脳裏に幾つかの過去の記憶が駆けて行く。

「すみません、退いてください!」

人垣を半ば無理矢理に掻き分け、楓はなんとか中心部に辿り着いた。声の主の姿が、視界に入る。

(間違い……無い!)

楓の瞳に映ったのは、日本人らしからぬ赤い髪。深緑色のコート。黄金に輝く装飾品の数々。そして楓とは対照的な、端麗な細面。──見紛う筈も無い。

それはずっと楓が捜していた義兄、御名方守矢の姿だった。

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