第拾弐話・晨明
−月華の剣士インターネットノベル−

2000/05/27 - 2000/06/14
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「敗北の中で生きようと思うほど、私は愚かではない。貴様の言うその人間の『力』が本物かどうか……見届けさせてもらおう──」

言うや否や、嘉神は何時しかと同じように片腕を天に掲げる。すると、

ゴゴゴゴ……

大地が唸りを上げて大きく揺れ、大気は何かを恐れるかのように激しく震え始めた。

「!!」

あまりに突然の変動に『楓』は危うく転びかけるが、何とか平衡を保ち眼前の男を見据える。

「我が開きし、冥界の門と共にな……」

そう言う嘉神の瞳からは、先程までの虚ろは完全に姿を消していた。

だがそれは同時に、『楓』の目の前にいる男がある決断を下した事を示す。つまり──自らの死を。

「止めろ、嘉神!!」

それに気付いた『楓』は喉が痛むのも構わず、制止の声を張り上げた。

最早自分にあの男の決断を揺るがす事は出来ない事も、本来ならば黙って見届けるべきだという事も分かっている。それが、同じ剣士としての礼儀だと言う事も。

だが──人が死に行くのを、黙って見届ける気にだけはどうしてもなれなかった。

「あんたは、それで良いのかよ! 確かに、あんたにとって俺がした事はただの屈辱やら愚行やらにしかならないかもしれない。でも、そんな簡単に命捨てて──諦めて! 本当に後悔しないのかよ!」

『楓』は荒れ狂う瘴気に耐えながらじれったそうに歯噛みすると、なおも叫び続ける。

「死んだら、そこで終わりなんだ。あんたの志はその程度だったのか!?」

激情で双眸をさらに赤く染めた『楓』は、嘉神を強く睨み付けた。が、

「────」

無言の嘉神と目が合った次の瞬間、その激情は突如として姿を消す。

一瞬──『楓』は嘉神の瞳と表情に、数瞬前までは見えなかった「何か」を見たような気がした。

「さらばだ、『青龍』よ……」

その目を見詰めたまま硬直した『楓』に、嘉神は最後の言葉を呟く。

……そして。次の瞬間には、前と同じように純白の閃光が『楓』の視界と意識を埋めた。

ただ前回と違う事といえば、これが一人の男との別れとなる事ぐらいだった──。

──不思議、だった。自分に、まだこんな感情があった事が。

何故、こんなにもあの少年の台詞が心に引っ掛かっているのだろう。何故、こんなにも心が揺れるのだろう。それ以前に「自分」の心は、既に無くなったものと思っていたのに……。

結局、自分は心を捨て切れなかった。あの願いだけに、本当に全てを懸ける事が出来なかった。

気付くのが──思い出すのが、遅すぎたのかもしれない。それはずっと昔に気付いていた筈なのに、何時の間にか忘れてしまった。自分が「人」である事、そして自分が、あまりに「弱い」事を──。

今のように、自分の中から何かが抜け落ちていくのを止められなかった『あの時』に、嫌というほど味わった筈なのに。何故、自分は忘れてしまえたのだろう。

無意識の内に──自分は自分で、本当に必要なものを失ってしまったのかもしれない。

(まあ、良い。どうせ……私はここで朽ちるのだ)

生への執着など、もう無い。いや、元からあったかどうかすら疑わしい。

大切なものを自ら失い、己をごまかし、本当に必要なものを素直に求めようともせず──。

分かっていた、筈だった。一番愚かなのは、何よりも自分なのだと。

「ぅ──く……っ」

何故かズキズキと響く頭の痛みに、楓は重い瞼を上げる。次に楓が意識を回復させた時は、未だ周りは薄暗い風景だった。

だが、それが死後の世界でも、あの『負の力』の幻の中でもない事はすぐに分かる。自分が、あの廃墟と化した洋館の残骸に背を預けている事も。

ちゃんと、自分の意識も体も「ここ」に在るのだ。何故、辺りが暗いのかだけは分からなかったが。

(まさか……地獄門が完全に開いた……?)

一瞬、寒気に似た考えが脳裏を過ぎるが、楓はすぐにそれを否定する。

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