第拾弐話・晨明
−月華の剣士インターネットノベル−

2000/06/14 - 2000/06/17
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今、自分が感じている大気の淀みはさらに薄れているようだし、あの異様な重圧感ももう無い。

何より、自分の真上に在った筈の特有の波動を放出していた『門』の姿が、今は見当たらない。

どうやら、やはり地獄門は完全に閉じてないながらも、大分その胎動は抑えられたようだった。

(あの人の、言った通りって訳か)

自分でそう呟いてから、楓はふと辺りに視線を巡らす。この暗闇では鍛えられた視覚も心許無い事も、どんなに探しても「居ない」事も分かってはいるのだが、無意識の内にあの姿を探していた。

しかし、当然その視界に人影は無く、自分以外の気配は微塵も無い。

(やっぱり……)

改めて落胆して、楓は唇を噛む。やはり何か釈然としないのは、どうしても否めない。と──

『やーっと、目が覚めたか。何時まで寝てるつもりなのかと思ったぜ』

「『楓』……?」

自分の中で響いたその声に、楓は頭を押さえて呆然と呟いた。

すぐに、分かった。その声の主が、「自分」の中のもう一人の自分だという事は。

「僕は……助かったんだ?」

『ばーか、当然だろ。お前が死んだら、俺まで死んだ事になっちまうじゃねーか』

相変わらずの『楓』の物言いに、楓は途端に不機嫌な顔になる。

「そんな……馬鹿とまで言わなくても良いじゃないか」

──かと思うと、何かを思い出したのか今度はそれが真剣な表情に取って代わった。

「そうだ、嘉神……さんは?」

確認するように、楓は「自分」に問う。それに対し、『楓』が躊躇うように逡巡するのが分かった。

『……よくは、分からない。多分、自分から『門』に呑まれて……』

そして『楓』は、珍しく歯切れの悪い答えを返す。

『ったく、情けないよな。四神だの守護神だの云われてるくせに、結局──何も出来なかったんだぜ』

「それは……違うと思う」

『え?』

自分の暗い気持ちをごまかす為か、無理矢理に軽く振舞う『楓』に、楓が何気に異を唱える。それに『楓』が疑問符を浮かべるのと同時に、楓は続けた。

「最後、嘉神さんが目の前から消えてしまう時……見えた気がしたんだ。あの人の『朱雀』じゃなくて、人としての感情を……。君だって、それが分かったからあの時驚いてた筈だ」

『……まあな』

「それって君の呼び掛けが、あの人に少しは通じたって事なんじゃないかな。止めを刺さなかったのも、あの呼び掛けも、決して無意味じゃなかったんだよ。
確かに結果的にはあの人を止められなかったけど、本当に何も出来なかった訳じゃないと思う」

『…………』

楓の真摯な言葉に、『楓』は黙り込んだ。しばらくして、

『──ま、確かに過ぎた事を言っても仕方ねーし、あれも奴自身が決めた事だしな。俺も、何でこんなにあいつの事気にしてるんだか……』

『楓』は根負けしたかのように息を吐くと、やや自嘲気味に呻く。

「君でも……やっぱり悩む事があるんだ?」

『……どういう意味だよ……』

意外そうに目を丸くして言う楓に、『楓』は一転して険悪な口調で唸った。

「だって僕には、君は何時も迷う事を知らないように見えたから、さ。でも、『青龍の力』の事とか嘉神さんの事……様々な事で、君も悩んでる。──何でかな。よく分からないけど、その事に少し安心したんだ」

しかし楓はそれに臆する事無く、素直に応える。

それに対し一瞬、『楓』は何か反論しかけたようだが、むきになって反論するのもおかしいと思ったのか、すぐにそれを止めて別の言葉を口にした。

『中々、言うようになったな……お前も』

極力感情を抑えるように、『楓』は静かに呻く。とはいえ、僅かに険悪なものが残っていたが。

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