今、自分が感じている大気の淀みはさらに薄れているようだし、あの異様な重圧感ももう無い。
何より、自分の真上に在った筈の特有の波動を放出していた『門』の姿が、今は見当たらない。
どうやら、やはり地獄門は完全に閉じてないながらも、大分その胎動は抑えられたようだった。
(あの人の、言った通りって訳か)
自分でそう呟いてから、楓はふと辺りに視線を巡らす。この暗闇では鍛えられた視覚も心許無い事も、どんなに探しても「居ない」事も分かってはいるのだが、無意識の内にあの姿を探していた。
しかし、当然その視界に人影は無く、自分以外の気配は微塵も無い。
(やっぱり……)
改めて落胆して、楓は唇を噛む。やはり何か釈然としないのは、どうしても否めない。と──
「『楓』……?」
自分の中で響いたその声に、楓は頭を押さえて呆然と呟いた。
すぐに、分かった。その声の主が、「自分」の中のもう一人の自分だという事は。
相変わらずの『楓』の物言いに、楓は途端に不機嫌な顔になる。
──かと思うと、何かを思い出したのか今度はそれが真剣な表情に取って代わった。
確認するように、楓は「自分」に問う。それに対し、『楓』が躊躇うように逡巡するのが分かった。
そして『楓』は、珍しく歯切れの悪い答えを返す。
自分の暗い気持ちをごまかす為か、無理矢理に軽く振舞う『楓』に、楓が何気に異を唱える。それに『楓』が疑問符を浮かべるのと同時に、楓は続けた。
楓の真摯な言葉に、『楓』は黙り込んだ。しばらくして、
『楓』は根負けしたかのように息を吐くと、やや自嘲気味に呻く。
意外そうに目を丸くして言う楓に、『楓』は一転して険悪な口調で唸った。
しかし楓はそれに臆する事無く、素直に応える。
それに対し一瞬、『楓』は何か反論しかけたようだが、むきになって反論するのもおかしいと思ったのか、すぐにそれを止めて別の言葉を口にした。
極力感情を抑えるように、『楓』は静かに呻く。とはいえ、僅かに険悪なものが残っていたが。