満身創痍の身体に鞭打って立ちあがった楓は、それを察して軽く笑って言う。
──その横顔に、突如眩い光が射し込んだ。きょとんとして楓が視線を移すと、周りの断崖の狭間から朝日が昇り始めている。あまりに強い輝きに、闇に慣れた目に痛みすら感じた。
辺りが暗かったのはあの黒い雲のせいではなく、夜明け前だったかららしい。
多分、この場所に来てからまだ半日も経っていないのだろう。
感覚的には、もう何日も夜が続いていたかのような気さえするが。
大気の淀みは「薄れた」だけで、決して「消えた」訳ではない。それは肌でも、『青龍』としての直感ででも分かった。
『楓』のいつも通りのぶっきらぼうな台詞に、楓は苦笑して同意する。だが、どちらの声音も先程より和らいでいるように思えるのは、決して気のせいではない。
まだ──全てが終わった訳ではない。だが一時的でも、安堵を感じているのはどちらも同じなのだ。
運良く近くに転がっていた鞘に器用に片手で刀をしまってそれを拾い上げ、楓は平然と答える。
だが、今度は『楓』がそれに異を唱えた。
その言葉で、楓もすっかり失念していた事を思い出す。自分が、数え切れぬ重傷を負っている事を。
痛みはとっくの昔に麻痺してはいたが、だからといってこのまま放っておくのはあまりに危険過ぎる。闘いが終わった以上、『楓』の言葉通りにすぐそれなりの処置をした方が良さそうだ。
楓は一言ずつ噛み締めるかのように言葉を紡ぐ。その濡れた黒曜石のような瞳に、蒼穹が鮮やかに映った。あの永久に続く空の何処かで、師は自分を見てくれているのだろうか。自分は──
それは正しくいつもの口振り。だが──それはまるで、楓を勇気付けるような言い方だった。
その意外な台詞に楓は一瞬驚きに目を見張るが、すぐにそれを穏やかな笑顔へと変える。そして、
表情と同じかそれ以上に柔らかい口調で、楓はもう一人の自分に礼を言った。ともすれば、辺りを駆け抜ける風に掻き消されてしまいそうな小さな声で。
見上げている空は、明るい蒼から徐々に黄金色へと転じていく。それは静謐にこの時代の全ての今迄の終わりと、これからの始まりを告げる。
──そう。まだ、これからなのだ。自分も、この時代も……。
視界の隅で太陽へ向かって羽ばたいていく鳥達を見届けて、楓は自分もそちらに向かって歩き出す。
この一歩が、新しい「明日」へ続くと信じて──。
END