「理由も無いのに、刀を振るえるものか」
「……そうかい。なら──」
面白がるように目を細めて呟いた『楓』は、次の瞬間には楓の目前に姿をさらしていた。
「こっちから行くぜ」
「!?」
ギッ!
無意識の内に翳した刃に重い一撃を受け、楓は一歩後退りそして喚いた。
「何故、僕と君がやりあわなければならないんだ! 僕達には──」
「闘う理由が無い、か?」
毅然とした態度で楓の言葉を継ぎ、馬鹿にする様に『楓』は鼻を鳴らす。
「ふん……じゃあ聞くが、お前が今迄闘ってきた奴等で互いに納得するような理由の奴が何人いたというんだ?」
「それは……」
「所詮、闘いなんて自分を満たしたいからやるものさ。無論、俺もお前もな。『理由』なんてものは、それを認めないで正当化しているだけなんだよ」
「──違う!!」
嘲笑う『楓』の言葉に、楓の何かが弾けた。
「誰もそんな闘いなんて望んではいないし、『理由』はそんなものじゃない! 皆、その『理由』があるから……想いが在るから闘っているんだ!」
「随分と分かった口を利くじゃねえか。それなら証明してみな。その想いとやらの為の闘いってやつを、な」
楓の勢いにたじろく事無く言い放ち、『楓』は刀を一振りした。刀身から、蒼と銀の光が零れる。その刀身を真っ直ぐ見詰め、楓は瞼を閉じて片手に有る刀を堅く握り締めた。そして刀を掲げ、少しずつ目を開ける。その瞳から、先程までの激しい感情は消えていた。
それを見返して『楓』はにやりと笑う。絶対的な自信に満ちた、不敵な笑み。
「…………」
──自分には無い、その自信はいったいどこから来るのだろうか。どれだけ技術を身につけ、どれだけ経験を積んでも、自分はそこまでの自信は持てなかった。いつも必ず、心のどこかに不安があった。無論、今も──
「決心とやらは付いたかい?」
「……ああ」
「それじゃあ、始めるか」
『楓』がそう軽く言い放った瞬間、楓は大きく後ろに跳び退って間合いを取る。そして、
『いけっ!』
楓が刀で地面すれすれを撫でると同時、『楓』も同じ要領で地に切っ先を走らせていた。弾丸と化したカマイタチと、地を這う電撃が二人の中間辺りで互いに相殺しあう。
バシュ!
だが、『楓』の方が明らかに速く威力があった。楓はその弾の余波を、はっきりと肌で感じ取る。それだけでも、二人の力量の差は歴然としていた。しかし──、退く訳にはいかない。
「やっ!」
掛け声と共に楓は相手の懐に突っ込みざま、剣を真横に払う。だが、『楓』はそれを余裕で受け止めると、楓の横を飛び込むような前転で抜けてその背後に回った。
「食らいな!」
そして軽々と楓を背負い、体重を乗せて地に叩き付ける!
ダンッ!
「……っ」
一瞬だけ呼吸が止まったものの、楓はすぐに後転して距離を取った。まだ背と腹部辺りに痛みが残るが、気にしてなどいられない。楓は大地を踏み締め──
(──え?)
立ち上がった刹那、楓の脳裏に一つの疑問が過ぎる。『楓』が現れる前は無かった筈の地面が……足場がある──?
「ほらほら、よそ見してる場合じゃないぜ!?」
『楓』の声に慌てて意識を戻す。そして迫り来る刃を、間一髪で受け止めた。
(上の空の状態で、勝てる相手じゃない……)
それに、足場が有った方が闘う分には好都合だ。闘うことだけに集中すれば、気になることなど何も無い筈だった。