気が付いたら──ここにいた。何も無いこの闇の中に──。辺りを見回しても、目に付くのはただの暗黒のみ。広い筈なのに、妙に窮屈な感じまでする。
自分はいったい、何時からここにいたのだろう──
「へえ……ここにいて、そこまで意識を保てるとはね」
「っ!?」
剣呑とした口調の声に、楓は素早く今まで気配の無かった筈の背後を振り返る。そこには、
「────」
言葉を失い、立ち尽くす楓の目の前に居たのは──間違いなく『自分』だった。
辺りは闇だというのに見えた金色の髪や紅の瞳は、確かに自分には無い。しかしこの男に対する感覚は、今迄感じた事の無い筈なのに、ずっと心の何処かに在ったもの──『自分』に対してのものだと、何故か楓は思えた。
「こうやって顔合わせンのは、初めてだよな。ま、当然だけど」
「君、は──?」
自分の感覚が正しいのか、確かめる意味で楓は問いを口にする。とはいえ、どうやらそれは愚問だったらしい。男は肩を竦めて、あっさり答えた。
「……分かってンだろ? 俺も『楓』だってことは」
「──もう一人の……僕……?」
「まあ、そんなとこだ。よろしくな、楓」
からかうようなその言い方が癪に触った──という訳ではないが、楓はキッと目の前の自分──『楓』を睨み付ける。そして、唸るように呟いた。
「じゃあ、僕と兄さんがやりあってる時のあの『声』は、君だったんだな?」
「……ああ、そうだぜ」
その口調に混じった楓の感情に気付きつつも、『楓』は淡々と言い返す。それを聞き、楓は目の前の自分に問い詰めた。激しい感情を──「怒り」を抑えるように、声を低くして。
「何故……何故、僕と兄さんの勝負の邪魔をしたんだ。あれは僕自身が決着を付けなければならなかったのに──」
「何故? 笑わせンなよ。闘いの最中に勝手に迷って、自分を見失っといて決着も何も無いぜ」
「何!?」
柳眉を立てて食って掛かる楓に、しかし『楓』は余裕の体で目を細めた。その瞳が、静かに瞬く。
「あのままやってたら、お前は一太刀も浴びせられないまま、簡単にやられてただろうよ。あんな隙だらけで大振りな技じゃな。そこを俺が代わってやったんだから、礼ぐらい言ってほしいね。……分かってたんだろう? このままじゃ、呆気なくやられるってな」
「……っ!」
もっともなことをずばりと言われ、楓は頬を紅潮させてぐっと詰まった。
勿論、幾ら何でも分かっていなかった訳じゃない。痛いほどに分かっていた。だけど、自分は──
「分かって……いたさ。けど、僕は……」
堅く拳を握り締め、楓は呻く。何かを言いたいのに、その何かが分からない。まるで、自分の心が『見えない』かのようだった。初めて感じた──いや、気付いたもどかしさ。言いようの無い靄が、自分の中に広がっていく。と、
パシッ!
目の前に掛かった影に、思わず反射的に楓は手を翳していた。視線を移せばその手に、一振りの抜き身の刀が収まっている。冷たい銀の刀身に、明かりも無い筈なのにうっすらと宿る銀の輝き──
「え?」
それに気付き、やっと楓は視線を上げた。そこには、同じく「疾風丸」を手にしている『楓』の姿がある。唖然と見やる楓に、彼は挑発するように手招きをした。そして口を開く。
「──来な。お前のその甘ったれた考え方を聞いてっと、苛々してくンだよ」
そう吐き捨てて、『楓』は剣を構えた。わざわざ楓にも刀を渡した以上、刃を交えることを望んでいるのだろう。しかし、楓にその理由は全く無い。