第七話・堕天
−月華の剣士インターネットノベル−

1999/09/02 - 1999/09/20
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そうやって楓が館の主の存在を訝しんだ刹那、

ギッ──バタン!

何の前触れもなく、背後の扉が閉じられた! その風で、唯一の光源である蝋燭の炎は全てが掻き消された。楓は反射的に扉に振り向き、

「ほう、これはまた珍しい来客だな」

「!?」

それに次いで上方から響いた男の声に、慌ただしく視線を戻す。しかし、そこに声の主の姿は確認できない。たとえ夜目が利くように鍛練した者でも、真の闇には無力なものだ。

だが確かに、そこから聞こえた──

(そんな……。さっきまで、気配は微塵も感じ取れなかったのに──)

胸中で呻きつつ楓は息を呑み、目を凝らした。階段の上方に視線を固定して。それと同時に、単調な靴音が広間の空気を震わせる。どうやら、男が階段を降り始めたらしい。

「しかし、我が館に何の用だ? まさか……」

楓の動揺に気付いたのか、感情の無い台詞が、途中で笑いを含んだものへと変わった。そして、

「まさか──師の仇を討ちに来た、などと言うのではあるまい?」

「……っ!!」

その台詞にまともに驚愕を示す楓の前に、ようやく──男がその姿を見せる。突如として、消えた筈の蝋燭に一斉に再び炎が灯ったのだ。それはこの洋館の主を照らし、蠢く影を引き摺らせる。

姿を現したのは、この洋館に相応しい白ずくめの洋装を纏い、片手に赤い鞘の刀を手にした長身の男だった。洋装だけでなく、茶色っぽい髪と端正な顔立ちが目を引く。しかし、それらよりも楓の目を引いたのは──傲岸不遜な笑みと、全てを見下すかのような青みがかった濃い緑色の瞳、だった。

一瞬、楓はぎくりとして後退りをし掛ける。その瞳──さながら、不透明で淀んだ模様を描く孔雀石に似た瞳──に、捕らわれるような錯覚を覚えたのだ。

「四神が一人……『朱雀』の嘉神という。──こう言った方が、貴様には分かりやすいだろう」

なんとかその場を足をとどめる楓に、低い男の言葉が降り掛かる。そのどこか癪に障る物言いに、楓は僅かに眉を跳ね上げた。

「別に、貴方が四神であろうと僕には──」

「──関係ない、とでも思っているのか?」

初めて男に向かって口を開く楓の言葉を継ぎ、男は即座に聞き返した。そして楓のだんまりを肯定の証と悟ったか、その表情にありありとした嘲りを浮かべる。

「なるほど。どうやら貴様の師は、何も言わずに死んだらしいな。知らないでいられるという事は、実に幸せな事だよ。……哀れなほどにな」

「……!……」

男の──嘉神のまるで他人事のような言い草に、楓は感情を抑え切れなくなるのを自覚した。

「貴方に、そんな事を言われる筋合いは──無い!」

そして噛み付かんばかりの勢いで声を張り上げ、嘉神を睨み付ける。しかし、嘉神は余裕の体で言葉を返した。相変わらずの言い草で。

「ふん、随分と威勢が良いな。それが、何時までもつかが楽しみだ」

目を細めて言いつつ、嘉神は左手に提げていた刀を前方に掲げる。──刀身を鞘に収めたまま。

「…………」

その宣戦布告を受け、楓は怒りを完全に消さぬままに真剣な表情を取り戻した。そして自分も、刀の柄に手を掛けて口を開く。先程よりも強い光が、その瞳に宿っていた。

「貴方だけは、許す訳にはいかない──!」

「ならばその意志の強さ、試させてもらおうか……!」

宣言して刀を抜き放つ楓に、嘉神は嬉々とした口調で応える。

それを合図に室内である筈のその場に、気流がいきり立ち、光源である蝋燭の炎を揺らめかせる。そして、その揺らめきが治まった瞬間──楓は強く地を蹴っていた。

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