第九話・流露
−月華の剣士インターネットノベル−

2000/4/02 - 2000/04/03
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話では、常世の亡者達の生への異常なまでの執着が生んだものだというが。

だが、それを封じている四神ならば。確かに『負の力』に自我を破壊される事無く、巧みに引き出す事も出来るかもしれない。だがそれは、あくまで可能性があるというだけの事。

あるいは──逆に邪魔な『門』の破壊を望む常世の意志に、「利用されている」のだろうか。

(いや……違う)

目の前に立っている男の瞳には、強い意志が見られる。利用されている者の目には到底見えない。

「どうやら、私の扱っている『力』が朱雀の守護神のものだけではないことに気付いたようだな」

『楓』の瞳を見返しながら、嘉神はその胸中を読んだかのような台詞を吐く。その上向きに掲げた手の平の上で炎が燻るのを目敏く見付けてから、『楓』は小さく頷いた。

「まあな。大体は検討がついた。あんた、その『負の力』を手に入れる為に『門』を開けたんだろ?
しかし、随分と危険な賭けをしたもんだぜ。常世の膨大な『負の力』なんざ、幾ら四神でも簡単に抑え切れるモンでもないだろーに。そこまでして、覇権を望むのか?」

「覇権? 覇権だと? ──く、くくっ……くはははは!」

嘉神は自分の耳を疑るかのように『楓』の言った言葉を繰り返すと突然、狂的な笑い声を上げた。

「くだらんな! 覇権を望むなど愚かの極みだ。言っただろう、私は四神の役目を果たす為に門を開き、『負の力』という力を開放したのだと」

「だから、何でそれが──」

一息ついてから『楓』は、矢継ぎ早に反論しかけた。だが、

「──いったい何を苛立っている? まるで、時間が刻々と過ぎる事に焦っているように見えるが」

「…………」

『楓』の台詞を遮った嘉神は、笑みを含んだ声音で『楓』の苛立ちと、ある可能性を指摘する。それを受け、『楓』はただ黙って嘉神を睨み据えていたが、それは暗に嘉神の言葉を肯定していた。

(やっぱり、気付かれてたか……)

『楓』は内心唇を噛む。──分かっている。嘉神が、何の事を言っているのかは。

嘉神は、『楓』が上がってしまった呼吸を無理矢理に抑えているのを見抜き、それが「異常」だという事に気付いたのだ。そして、その原因が『青龍の力』にある事にも。

実を言えば、『楓』はもう一人の自分──楓より自在に『青龍の力』を引き出し扱えるものの、それを完全に制御できている訳ではなかった。とはいえ、制御し切れなければ我が身を滅ぼしかねないほどの強大な『力』である。仕方無しに『楓』は、無理を通して『力』を行使していたのだ。

しかし『青龍の力』は、彼の「無理」に代償を求める。それが──「体力の消耗」、だった。

その結果、『青龍の力』は彼に人知を超えた能力を与える代わりに、その体力を常に食らっていく諸刃の剣となった。

つまり『楓』は「外」に出る度に、時と闘う羽目になってしまったのだ。

「ふ……やはりその『力』、貴様如き青二才には重過ぎたようだな」

「黙れ……っ!」

決して衰えを見せぬ覇気に瞳を燃え上がらせて、『楓』は強い口調で言い放つ。その途端、

──ドン!

『楓』の斜め後ろに一条の落雷が駆け、大地を揺らし床板を塵と化した。『力』が暴発したのだ。

「さすがは四神の長たる『青龍』の蒼雷……実に美しい。全てを裁く神雷と詠われることはある。改めて考えてみれば、少しばかり失うには惜しい『力』だ」

その蒼雷を戦慄く事もなく見届けていた嘉神は、既に稲妻の消え去った虚空を見詰めたまま呟く。

「だからといってあんたにこの『力』、渡す気は更々無いね。元より無理な話だろうからな」

それに対して『楓』は片手だけを掲げ、強がりを吐いた。すると、嘉神はふと思案顔になる。

「ふむ……ならば、一つ提案させてもらおう。貴様──私と共に、来る気は無いか?」

「は? 俺があんたと? いったい、どういう意味だよ」

全く予想外の問いに問いで返す『楓』に、嘉神は淡々と語り始めた。

「私の目的は己が利欲の為、諍いを続ける人間どもを消し、この現世を浄化する事……それだけだ。我々四神の役目は『門』を護る事、そしてこの世界の秩序を護る事だからな」

何やら難しい言い方をしているが、要は──己の欲望に走り世界を汚している人間を、「滅ぼす」ということなのだろう。

その言葉の意味を汲み取り、『楓』は不可解と言わんばかりの顔から、真顔へと表情を変えた。

「……ならば何故、お師さんを殺した? 俺よりお師さんの方が、四神の役目とやらに詳しかったろうから、あんたに協力したかもしれないぜ? ……あんまりそうは考えたくないけどな」

「──四神は、その存在自体が地獄門の封印を成している。一時的にでも、地獄門の封印を弱めるにはどうすればいい? 簡単な事、封印の一角を破壊すれば良いだけだ」

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