第九話・流露
−月華の剣士インターネットノベル−

2000/4/03 - 2000/04/04
http://www.bluemoon4u.com/novels/mirror9_3.html

事も無げに言う嘉神を、『楓』はきつく睨み付けた。

「だから『門』を開く為に同胞を殺し、『門』が開けるようになったらなったで『力を貸せ』、か?──冗談じゃない。あんたの馬鹿げた理想の為に、身内を殺された上に力を貸す義理も義務も俺には無い。それに、四神って事以前に俺も一人の人間だぜ?どんな理由だろうと、人類滅亡の片棒を担がされるのは御免だね。──交渉決裂だ」

「……そうか。ならば仕方があるまい……!」

『楓』の答えが拒絶だと知り、目を細めた嘉神から今迄に無いほど強烈な殺気が吹きつける!

(──来る──)

その妙な威圧感を肌で感じながら、『楓』は深く屈み込みバネを使って後ろへ飛んだ。

ボウッ!!

読み通りに寸前に居た場所から蒼炎が吹き上げるのを確認してから、『楓』は着地する前に刀の切っ先を地と擦らせて地を這う雷撃を生み出す。

「いけっ!」

地を抉るかのような雷撃は、嘉神へと真っ直ぐ突き進んでいく。それに対し、嘉神は嘲笑を浮かべてそこに立ったまま前方に手を掲げただけだった。

だがその途端、彼の目の前の空間が、軋みを上げてひしゃげ、その雷撃を跳ね返す!

そして『楓』が目を見張った時には、雷撃が自分の方向へと迫ってきていた。

とはいえ元は自分が放ったもの、『楓』は楽にそれを躱す。が、

ザッ!

「──っ!」

(とられた……っ!)

雷撃を追うように自分の前に現れた白い闇に気付いたのは、右肩から左の脇腹までを袈裟懸けに裂かれた直後だった。焼け付くような痛みに顔を歪ませるも、『楓』は歯を食い縛り横に飛び退く。

「ぐ、がほっ! がっ!」

充分に距離を取り相手を正面にして向き直るが、耐え切れなくなり、『楓』は前屈みになって激しく咳き込んだ。『楓』の足元の深紅の絨毯が、さらに鮮やかな色へと変わる。

「先程より感覚も対応も鈍ってきているようだぞ。やはりもう限界なのではないか?」

「……うるっせえな。余計なお世話だ」

口元の血を手の甲で拭い去りながら、『楓』は鬱陶しげにその言葉をはねのけた。

言われなくとも分かっている。体力は確実に、衰退していっている。このままでは──

「なんと憐れな事か……貴様に絶対なる死の安らぎを体感させてやろう」

弱者に対する憐れみと愚者に対する嘲りの双方が、嘉神の口から滑り出た。そして、その足が地を離れてフワリと宙へと浮かんでいった。まるでその『朱雀』の名の如く、背に翼でも生えたかのように。ただその「翼」を彼にもたらしているのは『朱雀の力』ではなく、禍々しき『負の力』ではないだろうか。

重力に逆らって上昇していく嘉神を見上げ、『楓』は目を見張りながらも刀を構えて警戒する。

直感が、次の一撃を避けれなければどうなるかを声高に叫んでいた。どんな攻撃を放たれるかは分からないが、変に動き回ると却って避け切れなくなる可能性が高い。

ただ問題は。今の自分にその一瞬を見極められるかどうか。

(どっちにしても分が悪い、か。まあ、可能性が無いよりマシだな)

覚悟を決めてしっかりと顔を上げるその視界に、こちらを見下ろす嘉神の姿が映った。『楓』の決意に応えるように、嘉神は『楓』に向かって手を翳した。その手の平に、蒼の光が灯る。

「さらばだ──」

嘉神の声が朗々と響くと同時、蒼の輝きがほぼ一瞬にして一筋の閃光となり『楓』目掛けて飛来した。だが、『楓』はそれが直撃するほんの少し前に、地を蹴って高々と跳んでいた。

ビゥンッ!

『楓』の足下で、閃光が大気を薙ぎ払う。それを見て躱せた事を知り『楓』が思わず安堵したのも束の間、気配の動きを感じ取って『楓』は慌てて視線を前に戻した。その視界に映るのは、間違いなくこちらに手を翳して薄い笑みを浮かべる男の姿──

(──っ!)

相手の本意に気付くも、「翼」の無い『楓』には空中で避けるなどという器用な事も出来ない。

ドガッ!!

まるで不可視の『力』が働いたかのように、『楓』は強い衝撃を受けて斜め下の壁まで人形のように吹っ飛ばされ、激しく叩き付けられた。

あまりの衝撃で息が出来ず、悲鳴も苦鳴すら出ない。大した痛みが無いのがせめてもの救いか。

「く……」

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