第九話・流露
−月華の剣士インターネットノベル−

2000/3/27 - 2000/04/02
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バギィッ!

豪快な音を立てて、吹っ飛んだ『楓』を受け止めた柱の残骸は容易く砕け散った。

「こンのやろっ!」

幸い大した傷は負っていないのを確認し、『楓』は毒づくと同時に立ち上がって頭上に閃いた攻撃を「辛うじて」受け止める。そして手首を捻って嘉神の刀の切っ先を逸らすと、そのまま死角を衝く形で刀を繰り出した! が、

「──っ!?」

次の瞬間に顔色を変えたのは、嘉神ではなく『楓』の方だった。何故なら、

「ふ……惜しいな」

嘉神が片手で軽くその刃を受け止めたからである。そして『楓』の動きを封じたまま、刀身を振り上げた。──それが、揺らめく蒼い幻を伴うように見えたのは気のせいか。

『楓』は身を捩ってなんとかそれを躱すと、力任せに刀を引いて大きく後方に跳躍する。一方、嘉神は追撃することなく、明らかな余裕と静謐ですらある愉悦を秘めた視線だけでそれを追った。

(──冗談じゃない。あの速さと角度で仕掛けたのに、あっさり返されるだって?)

その対応の良さに、内心舌を巻く。今のは、闘いに関する勘などが長けている『楓』からしても 絶妙な間合いで繰り出した筈の攻撃だった。それにも関わらず、嘉神は事も無げに手袋を付けているとはいえ手で受け止めて反撃したのである。

まぐれではないことも確かだ。既に二人は同じような攻防を繰り返している。

……やはり勘違いではなかった。『楓』の嫌な予感は的中していたのだ。

嘉神は、間違いなく──先程より強くなっている。

その思考を遮るように斬りかかってくる嘉神の刀を、『楓』は真っ向から受け止めた。

ギッ!

固く澄んだ音が、刃と刃の噛み合った空間を軋ませる。その予想以上に重さの乗った一撃は、左腕の負傷で片手が封じられている『楓』に、数歩たたらを踏ませたほどだった。

無論、嘉神がそれを見逃す筈が無い。彼は嗜虐的な笑みを浮かべると、その脇腹に刀を撃ち込む!

「!!」

何かが爆発したかのような衝撃が横腹を襲ったかと思うと、『楓』は声も上げれぬまま再び大きく斜め後方に吹っ飛ばされていた。

『楓』は苦し紛れに、吹っ飛ばされた体勢で近くの壁に刀を突き刺して、なんとか壁に叩き付けられるのを阻止する。そして器用に着地すると同時に、勘に頼って左方に身を投げた。

ボガアッ!!

『楓』が寸前に居た空間を炎の塊が呑み込み、壁もろとも爆砕する! 得体の知れぬ深さと、有る筈の無い冷たさを併せ持っているような蒼炎が、その全てを塵と化すのが『楓』の瞳に映った。

(蒼い……炎?)

一瞬、『楓』は我が目を疑る。先程まで、あの男が駆使していたのは確かに朱炎だった筈だ。

「そんなに不思議か? 私の扱う炎が、先程と変わった事が?」

「確かにそれもあるけどな……。青い炎なんざ初めて見たぜ?」

そう言いつつ、『楓』は視線を嘉神の手の中にある刀に止める。蒼い幻──その刀身からは、内から溢れ出てくるような蒼い炎が立ち上っていた。

(……いや、あれは「炎」じゃない……)

『青龍の力』が、自分に感じさせているのだろうか。意志が有るかのようにその刀身の上をたゆたうそれからは、あの『門』から吹き荒ぶ瘴気と同じ、死臭に似た『におい』がする。

幼き頃に聞いた師の言葉が脳裏を掠め、『楓』はそれを確信した。

(間違い、無い。奴は、地獄門の『負の力』を自分のものにしやがったんだ)

『朱雀の力』たる朱炎はともかく、あの蒼炎も蒼い幻も、全ては今、空に在る『門』の影響なのだ。その証拠に、地獄門が姿を現す前はそれは無かった筈である。そして嘉神の動きが良くなったのも、『門』が出現した後だった。

その結論に行き着き、『楓』は思わず舌打ちする。今になって、先程嘉神に打たれた脇腹が痛み始めた。改めて確認すれば、そこから血は一滴も流れてはいない。刃でなく、峰で打たれたのだろう。それでも──肋骨にヒビぐらいは入っているだろう、充分に重傷だ。

(わざと峰を当てやがったか……)

今の攻撃が峰でなく刃だったならば、重傷どころでなく致命傷にまでなっていた筈だ。しかし恐らく嘉神はそれを知った上で、わざと手加減したのだろう。一撃で行動不能に陥らないように。

(『門』から流れ出る負の力を全部負っているだけに、やることも随分とエグい訳かよ)

半ば自棄気味に胸中だけで吐き捨て、『楓』は視線を刀からその主へと戻す。

あの地獄門の向こうには、常世がある。正確に言えば、『負の力』はそこから流れ出ているのだ。

『負の力』。それは現世の者を衰退させ、生命の精神を食い荒らすと聞く。時には、人の理性を失わせ滅びへと誘う。正しく死者の世界たる常世に相応しいと言えるものなのだ。

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