第拾壱話・大勇
−月華の剣士インターネットノベル−

2000/05/14 - 2000/05/21
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そして、

「『青龍』として、な」

「……なるほど。先程より『力』が強くなったのは、そういう事か」

「──そういう事さ」

しっかりと相手を見据え応える『楓』に、嘉神は上昇を止めて笑みを消し、冷たい視線を下ろす。

「だが、信じるものを違えたな。そのようなものは所詮は虚ろ、人間ごときに無限の『強さ』などありえぬ。今、それを証明してやろう。『青龍』よ、新しき時代の礎となるがいい」

その翳された手の平に、何時の間にか蒼い輝きが収束していた。どこか黒ずんだようなその光は、大気を──地獄門より流出している『負の力』を吸収して、今迄に無い大きさに肥大していく。

もしあれを食らえば、良くて体に大穴、最悪、先程の壁の残骸と同じ運命を辿るだろう。第一、足にケガを負っている自分に避けれるか否か以前に、避けれたところでこの男に勝てる保証も無い。

だが、そのあまりに絶大な破壊の『力』を目の当たりにしても、それらの事が分かっていても。

『楓』の瞳に恐れは一片も無かった。

不意に、脳裏で青龍が言っていた言葉が繰り返される。

『汝等、人間の持つ可能性は無限の強さを秘めているかもしれぬ。だが、それでも「負の力」を手にした「朱雀」を止めるには、同じ四神の「力」を行使する以外に無いだろう。しかし、我ら四神の代行者──守護神と呼ばれる者が背負う定めは決して軽くは無い。汝がその運命を否定するか、それを受け入れるか……己で判断を下すがいい。守護者として生きるか否かを──』

……確かに、もし自分が青龍の守護神としての己を受け入れるならば、自分はずっと『門』の封印の守護者として現世と常世の調和を、護っていく事になる。それこそ死ぬまで、自分はその役目を──人が背負うにはあまりに重すぎる定めを背負っていかなければなるまい。

だが、

(運命を背負っているのは、誰だって同じ……俺の場合、それが普通の奴より重いってだけだ)

それに、今──この『力』が必要だというのならば。自分は、躊躇わない。

(俺は──自分の運命に負けるほど、弱くはない!)

決意を胸に意識を嘉神に戻した『楓』は、あろう事か──深く足をたわめた。すかさず嘉神から『楓』に、揶揄の言葉が飛ぶ。

「跳んでしまっては、避けることもできまいに。自ら、逃げ場を無くすなど血迷ったか?」

「逃げ場なんて必要無いさ。逃げる気なんざ、更々無いんだからな!」

ダンッ!

右足の痛みも嘉神の忠告さえも無視して、彼は地を抉るかのような勢いで高く──跳んだ。

「師以上に憐れな……そして愚かな男だ、貴様は。それを無謀、蛮勇と言うのだ!」

コォッ──ドン!!

『楓』が跳んだ瞬間に合わせて、嘉神は一抱えほどもある破滅の光線を放つ。それはあっさりと『楓』の胴を貫き、その四肢を大きくガクンと痙攣させた。光はそのまま、『楓』を完全に呑み込む。

大地を、大気を揺るがす轟音。そしてそれが静まりゆくにつれて広がる、死の静寂。

長い一瞬が終わった時──『楓』の姿も、気配も。既にそこに存在してすらいなかった。

(ふん……死を通り越して、消滅したか……)

あの少年をそこから消し去った閃光が消えていくのを見下ろしながら、彼は独り呟く。

「『青龍』とて、他愛無い……」

そして閃光が、消えた。

「……──誰が他愛無いって?」

「っ!?」

宙に浮かんでいる自分の、より上方から。どこか不機嫌そうな声が、耳に届く。

顔色を豹変させ視線を跳ね上げる嘉神の碧眼に、既に現世から消え去った筈の少年の姿が映った。

「あいにくと、俺は必殺の一撃を黙って食らうほど潔くないんでね。悪足掻きさせてもらうぜ」

閃光を回避した『楓』はまるで、驚きに目を見張る嘉神をからかうように言い放った。

(残像を使ったか? 馬鹿な、あんな満身創痍で──?)

そうでなくとも、負傷した足でこんな高さまで跳躍できる筈が無い。いや、それ以前に人間の脚力でこんな高さまで一気に跳べる筈が──

少なからぬ焦燥を感じていた嘉神の思考が、突如止まった。半ば呆然と一点を見詰め、嘉神は自分の中でその全ての謎が氷解していくを感じ取る。

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