「兄さん!」
我知らず、楓は大きな声を上げていた。一斉に、見物人達の視線が楓に集中する。そして、男が──守矢がこちらを一瞥した。兄は微かに眉を潜め、
「……楓、か」
五年ぶりの兄弟の再会には、ややそぐわぬその味気ない返答も気にせず、楓は兄に詰め寄る。
「兄さん、聞きたいことが──」
「──おりゃあ!!」
楓の声を遮ったのは、先程の荒くれ者然とした男だった。守矢の意識が逸れたのを見て、好機と拳を振り翳したのである。だが、それはあまりに甘すぎた。
シュッ!
その拳が守矢の頬にあざを付ける寸前に、何かが風斬る音すら立てて空に走る。見物人と男には分からなかっただろうが、楓は一目でそれが兄の刀が空に銀光を描いたのだと見抜いていた。
(な……)
その太刀筋に、楓は自分の問いのことすら失念する。『見え』はしたが、『捕らえられる』速さではない。とても、自分には──。
楓が思わず唖然としている間に、男は拳を翳したまま動きを止めて、そのまま膝を付いて崩れていった。人垣から、微かな悲鳴が重なる。
「……つまらぬものを斬らせるな……」
それら全てを無視して、守矢は人垣が慄くように作った道を抜けて何事も無かったかのように、平然と去っていった。
後には騒然とした見物人達と、それを呆然と見送る楓が残される。と、
(そうだ! ぼーっとしてる場合じゃ──)
しばししてから楓は意識をはっきりさせ、慌てて動き出す。
「誰か、この方を何処かに休ませてあげてください」
「しかし、兄ちゃん。大丈夫なのかい、そいつは?」
屈み込んだ楓を覗き込み言う見物人の一人に、楓ははっきりと頷いて答えた。
「ええ。さっきのは峰打ちでしたから、気絶しただけだと思います」
それは楓自身の目で見た事だし、咄嗟の事とはいえ兄が素人に刃を当てる訳が無い事は、楓がよく知っていることだ。そして出血は全く見受けられない。それだけの要素があれば、自信を持って答えるに足るだろう。
「それじゃ、僕も先を急ぎますので──すみません!」
返事を聞く暇も無く、楓は誰にともなく頭を下げてから兄を追って駆け出した。兄の姿は既に見えないが、どの方角に行ったかは分かっている。何より、ここで彼を見失うわけにはいかない。今迄、ずっと捜してきたのだ。