雪は──既に止んでいた。その雲を一掃した強風は今、頭上を覆う竹の葉をざわめかせる。その中、楓は「疾風丸」を手に葉の狭間から覗く満月を、魅せられているかのように見上げていた。と、
カサッ……
背後から聞こえた足音と葉擦れの音に、楓はゆっくりと振り返る。そして、自分と同じく月光を浴びて立つ兄を見た。守矢は足を止めて立ち尽くすと、しばし楓を見詰め返してから口を開く。目付きと眼光を鋭くして。
「──余程死にたいらしいな、楓」
「僕は、兄さんの口から真実が聞きたいだけなんだ。別に殺し合いをしたいわけじゃない!」
抑揚の無い兄の台詞に、楓は弾けるように言い返した。だが、守矢は動じると言う事を知らない。
「……ならば、何故刀を持ってきたのだ」
「──っ!」
言葉を無くす楓に対し、守矢は目を閉じて呟く。
「私の言葉に応えた時点で、分かっていたのだろう? 私達には、この方法しかないと言う事に。それがその証拠だ。……美しい月光のせいか──柄にもなく喋りすぎたな。刀を抜け、楓。最早、言葉は意味を持たん」
そう言いつつ、守矢は自分の刀を鞘から抜き放って、その切っ先を楓に向けた。「月の桂」──正しくその名の如く、刀身が月光を受けて溢れんばかりの輝きを放っている。
(やるしか……ないのか……?)
胸中で呻きつつ、楓も微かな音ともに刀を抜いて鞘を放る。応えるような刀身の輝きに、しかし楓は素直に応じることができなかった。
(本当に……本当にこの方法しか無いのか? いや、それだけじゃない──)
兄と同様に構える楓の心に、迷いが生まれていた。──あるいは、それはただ心の奥底にあったものが、再び浮かんできただけかもしれない。
「──行くぞ」
感情の無い兄の声に、ふと意識を眼前に集中させる。迷っている場合ではない。けど、でも──!
ギィンッ!
斬りかかる兄の刃を受け流し、楓は屈み込んだ。そして、
「はあっ!」
その反動と全身のバネを使って、伸び上がりつつ刀を縦に切り上げる!
だが、守矢はいとも容易くそれを避けると、刀をこともあろうに──鞘に収めた。しかし、楓はそれこそが兄の本当の「構え」だということを、思い出す。
(来る──っ!)
先程の伸び上がりの勢いで跳躍しながら、楓は背筋に冷たいものが駆けるのを確かに感じた。が、自分は避けられる体勢に──無い。
「ふっ!」
シュッ!
楓が着地する寸前に、守矢の刀が真の軌跡を描く。そしてそれは寸分の狂いも無く、確実に楓を捕らえていた。──兄の守矢は、天才剣士の異名を取るほど卓越した抜刀術の使い手でもあるのだ。
「く──!」
血を噴き出す左肩の創傷を見やってから、楓は着地してすぐに後方に跳ぶ。体勢を崩さなかっただけでも、奇跡的だった。
「やあぁぁっ!」
無理矢理にその傷を無視し、楓は刀を強く握り直して兄に向かって突進しながら、「疾風丸」を真横に払う。それに続いて、
「やっ! ふっ! せぇい!」
裂帛の気合いと共に楓は絶え間無い連撃を繰り出す。が、
ギン……ッ!
「ぅわっ!?」
(しまった──!)