気付いたときには、もう遅かった。
新たな一筋の銀光が空を走った瞬間、楓の刀は──手から離れはしなかったものの──大きく弾かれていた。刀を弾いた守矢は、流れるような動作で楓の横を駆け抜けざま、その脇腹を易々と薙ぎ払う!
ザシュッ!
「──っ!」
まともにその一撃を受け、声も無く鮮血を散らしながら吹っ飛ぶ楓。そのまま太い竹に背からぶつかり、一回大きくバウンドする。
「が……っ!」
脇腹の傷とその弾みの勢いに、楓は微かに目を見開いて短く呻いていた。
「どうした、楓。太刀筋が止まって見えるぞ。そんな荒い技では、話にならんな。所詮、貴様の器はその程度か……」
「…………」
守矢の挑発を聞き流し、楓は僅かによろけながら立ち上がって刀を構えた。そして荒い呼吸を繰り返しつつ、前方の兄を睨め付ける。
しかし、その瞳は僅かに曇っていた。楓の胸中をそのまま表すかのように。
(僕は──どうすれば良い……?)
既に闘いの中でありながら、楓の心は迷いに揺れていた。今迄の大振りな攻撃も、それが因の一つと言えた。
(真実を確かめる為に──兄さんに直接聞く為に、ここまで来たのに!)
姉と逢ったときに、自分でそう──決心した筈なのに。しかし、
『──あの人は、なんでも自分一人で抱え込んでしまうから……いつも、私達を巻き込まないように自分を犠牲にしていたから──』
雪の言葉が、今になって再び楓の心に重く響く。姉の言葉を聞くに、兄は全て自分の責としてけりを付けようとしているのだろうか。ならば自分がやろうとしていることは、それに無理矢理干渉しようとしている──ただ邪魔しようとしているだけなのか。自分は……
(それじゃあ、一体僕は何のためにここまで……!?)
──分からない。自分は一体、どうすれば──!
迷いは消えるどころかあっという間に膨れ上がり、楓の心を占めていった。その何とも言い難い苦痛に、思わず楓は堅く目を瞑る。
──と、
『馬鹿野郎、目を開けな!』
(──え……?)
突如、脳裏に響いた声に──言葉の内容ではなく、言葉自体に──触発され、楓は慌てて目を開けた。その目前に、銀の刃が襲い掛かる!
ギンッ!
鋭く重い音を立てて、守矢の刀と咄嗟に翳した楓の刃が拮抗し、微かな火花を散らす。どうやら楓の意識が守矢から逸れていた時間は、一瞬に近かったらしい。
だが、手負いの楓にその勢いを受け止め切れる訳が無く、背後の竹で退くことすらできない。が、
(────)
楓は瞬時に刀を前方に放り、水に飛び込むような格好の前転で、守矢の横をすり抜けた。そしてすり抜けた先で、楓は自分の放った刀を拾い上げる。
先程までの動きからは想像できないほどに、それは実に機敏で的確な動作だった。だがしかし、
(?)
それに疑問を感じたのは、楓自身だった。今の動作をしたのは──『自分じゃない』?
『迷いを持ったまま、あいつを斬れる訳がねえ』
また、先程の『声』が響く。間違いなく、脳裏だけに。
『今のお前じゃ、あいつを倒せない』
(何を──)
『声』の意味の取れない言葉に対し、楓が胸中で問いの言葉を紡ぐ前に──その答えは現れた。
──ドンッ!
「!?」
自分の体に強い衝撃が走り、楓は微かに身を震わせる。今の衝撃は──間違いなく、自分の『体の中』からのものだった。