「何、だと?」
さすがの守矢も、その言葉には驚愕せずにはいられなかった。しかし。まさか、あの落雷の一瞬の内に入れ替わるなど不可能な話だし、顔立ちはあの楓とどこか似ている。服もまったく同じだ。そして何より──守矢はなんとなくだが、楓と同じ感覚を感じていた。信じられない話ではあるが──
(嘘では、無いな)
胸中で自分自身に確認してから、守矢は再度刀を鞘に納める。それを見て、楓も構えを取った。いつもの構えではなく、構えと思えぬほど自然な形である。それでいて、隙が無い。
「随分と妙な術を使うようになったのだな、楓……」
そう呟いた守矢の口調は、いつもの抑揚の無いものに戻っていた。それに対し、楓も笑みを崩さぬまま応える。
「ま、なんとでも言うが良いさ。さっさと来いよ。こっちも時間が無いからな」
(『時間が無い』?)
楓のその言葉が僅かに引っ掛かるものを残したが、今は関係の無いことだ。守矢はそれをあっさり無視すると、手に力を込める。そして、
シュバッ!
無言のまま放たれた二度目の軌跡が、真っ直ぐに楓を襲う──筈が、
「ふん……」
楓は面白くも無さそうに目を細めると、一歩横に体を移動させた。その頬に、一筋の紅が走る。楓はそれを気にもせず、守矢から視線を逸らさなかった。
「今度は──こっちの番だ」
朗々と言い放つ楓の瞳が、妖しく輝きを増す。
そして次の瞬間、楓は一瞬で間合いをゼロにした。正しく風の如く守矢の目の前に、口の端を笑みに歪めた楓の姿が飛び込む。
「何──!?」
「せやあっ!」
ザシュッ!
「くっ!」
(早い──)
彼がそれに面食らったのも束の間──その数瞬で刻まれた腕の傷に、初めて守矢が呻きを漏らす。
「──ぃやぁっ!」
楓はそのまま守矢の懐に入り込むと、深く屈み込んだ。そして最初にこの技を出したときとは比べ物にならない速さで、跳び上がる。
ビジィッ!
その刃に合わせ、天地を裂く蒼白い閃光が守矢を直撃した!
「ぐうっ!?」
(落雷を呼んだ!?)
雷に撃たれて一瞬だけ守矢は息を止めたが、すぐに回復してなんとか着地する。微かに全身に痺れが残ったが、
「──やっ!」
ビッ!
しかし守矢はそれを物ともせず、至近距離の楓に斬りつけた。そしてその刃を腕に受けた楓も、そんな傷など何でもないと言いたげに、即座に応戦する。
ギッ ギィン ギキィン!!
立て続けに刃を噛み合わせる二人の間に、止めど無く金属音が響く。それは不思議と、この蒼い夜に相成った。
「どうした。太刀筋が止まって見えるぜ?」
先程、守矢に言われた皮肉をそっくり返しながら楓は噛み合わせた刀に力を込める。それに対し、守矢は無言で同じく力を込めた。と──
(……?)
守矢はふと脳裏に、何かが引っ掛かっているのに気付く。その視線は、依然と冷静に楓を見詰め返している。そして、楓の頬に──一筋の汗が伝うのを目ざとく見付け出していた。
(何故だ? 押しているというのに──)
今の楓の強さは、はっきり言って先程の──この容姿になる前の比ではない。それは技術や特殊な力もさることながら、精神の面でとてつもない強さを発揮しているからだ。なのに、何故──
「いけっ!」
守矢がその答えに思い当たる前に、楓は焦れた様に大きく後ろに跳び退って地面すれすれを刃で撫でる。一瞬の内に、それは地を這う雷撃を生んだ。
ザァァッ!
「ふ──っ!」
それを軽く跳んで躱し、守矢は着地した瞬間──その姿を消す。
「!?」
「──ここだ」
完全に相手の姿を見失って目をむく楓の背後に姿を現し、守矢は低く呟いた。そして慌てて振り向く楓に、刃を煌かせる。
「新月っ!」
ザンッ……!