第伍話・光芒
−月華の剣士インターネットノベル−

1999/04/10 - 1999/09/05
http://www.bluemoon4u.com/novels/mirror5_1.html

「な……?」

唖然とし掛ける自分自身を、楓がなんとか引き止めたのは──それからしばし経ってからだった。とはいえ、ほとんど一瞬と変わりないが。

だが、呻いたのは。楓ではなく、攻撃を仕掛けた『楓』の方だった。何故なら、攻撃を牽制するつもりで翳した楓の刃が──深々と『楓』の胸を貫いていたからである。

おびただしいほどに大量の鮮血が、楓の全身に顔に降り掛かった。片側の視界が、深紅に染まる。

カッ──カラン……

「!」

「────」

その唇が微かに動くが、声は伴われなかった。同時に、紅の瞳も急速に光を失っていく。

やがて──。その体は主を失った人形のように、力無く傾いて楓の肩にもたれ掛かった。頬に降り掛かった生暖かいものとは相反して、それは徐々に冷たくなっていくのが感じ取れる。

──ドサッ

不意に楓の体が揺れた途端、微妙なバランスで寄り掛かっていた『楓』はずるりと崩れ落ちて地に転がった。その胸板には、刺さったままの楓の刀が血濡れの墓標となって存在している。

(……ぁ──)

楓は知っていた。あのとき師に触れたときと同じ感覚──。これが『死』なのだと。そして、この者から生の輝きを奪ったのは──

(殺し、た……僕が殺したのか?)

確認するまでも無い筈だった。眼下の『楓』もまた、動く筈が無いのだから。

楓は今迄に、無数の闘いを経験している。「誰も傷つけたくない」という心の叫びとは裏腹に、「殺らなければ自分が殺られる」という現実に半ば躍らされるようにあらゆる強者を斬ってきた。

だが、それでも。例え手加減をする事で、自分がどれだけ傷つけられても。相手に『死』を刻んだ事は無かった。その必要は、どこにも無かったのだから。しかし──

「あ……、あ……」

肺が引きつったかのように、呼吸が苦しい。発作的にその口から、意味の無い呻きが漏れる。

しかし──今は。傍目には不可抗力のようなものであっても、楓は自分の中に「殺意」があったことを否定できなかった。別に『楓』の軽口にカッとなった訳ではない。自分は前から、もう一人の自分を『殺してやりたい』と、心のどこかで思っていたのだ──

(何で──『殺したい』だなんて……っ!)

理性がそう問い掛けても、答えは返ってこない。楓の頭の中は既に混乱し、思考を拒むだけだ。

「…………」

全ての気力を失ったかのように、感情を失ったまま楓は膝をつく。ふとその視界に、『楓』の躯から流れ出た紅い液体が映った。と──

「──っ!!」

その途端、楓の瞳が驚愕に見開かれる。血溜りに映ったのは、死人よりも虚ろな光の無い自分の瞳だった。脳裏に、五年前の時の兄の視線が重なる──

「……う、ああ……」

視線をそこに固定させたまま、楓は両手で頭を押さえる。べっとりとした血糊の感触が広がった。

今の自分自身の瞳が、楓に現実を突き付けた。一瞬にして、楓の中の自制心という鎖が断ち切られ、例え様も無い恐怖が心を蝕んでいく。

「う──うあああぁぁっ!!!」

頭を抱えたまま、楓はこれ以上は無いというほどの声量で絶叫した。自分の中の全てが、崩れ去っていく錯覚を覚える。いや──いっそ、壊れてしまえば良い。自分など──。

──が。

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