第伍話・光芒
−月華の剣士インターネットノベル−

1999/04/10 - 1999/09/05
http://www.bluemoon4u.com/novels/mirror5_5.html

何故か、その楓の口調に悲しげなものが混じる。まるで、自分の事かのように。

いや、楓が──気付いていないだけなのだ。だけどそれでも、やはり彼に何かを『感じて』はいるのだろうか。

「…………」

彼は無言のままで、楓から目を逸らす。楓の視線が、自分を憐れんでいるようで見たくなかった。

──同情されるのは、御免だ。

しばし重い沈黙だけが辺りを制し、嘆息してから彼が再び楓の前から去ろうとした瞬間──唐突に楓が口を開く。先程の表情と口調は一変した、場違いなほどに明るい声音で。

「じゃあ──僕が、君と一緒に居てあげるよ!」

「……は?」

楓の言葉を理解するのに数瞬を要してから、彼は楓を見返して間の抜けた声を上げていた。その瞳に、自分の状況すら忘れたように明るい表情の楓の姿が映る。

あまりに突拍子の無いその台詞に、彼は体ごと振り向いてかぶりを振った。

「冗談、無理な話だな。お前は本当はここに来れない筈なんだぜ? ここに居るなんて以ての外だ」

「じゃあ──じゃあ僕、少しでも君が辛さが消えるように頑張るからさ!」

冷めた彼の言葉にも、楓は食い下がる。その予想外の台詞に、彼は面食らった。そして尋ねる。

「何故、他人の為にそこまでしようとするんだ?」

「え? あ、えっと……独りが辛いのは誰だって同じだもの。僕もお師さんに引き取られる前は、その──独りで寂しくて辛かったから……。だから、誰かが孤独で辛そうにしてるのって、ほっとけないんだ。他人だとか知ってる人だとか、関係無いよ」

何とか自分の言いたい事を伝えようと、楓はしどろもどろに説明する。そして一息吐いてから、言葉を失っている彼に真摯な瞳を向けた。──恐ろしいほどに澄んだ、強い輝きを持つ瞳を。

「確かに僕は、君とここに居られないかもしれない。けど僕、君の事忘れないから。だからもう、自分は独りだなんて言わないでよ」

「────」

その楓の言葉に、彼は黙ったままだった。だが、無視した訳ではない。

忘れない──といっても、楓にしてみれば今ここに居る事は夢のようなものに過ぎない。つまり、いずれ近い内に忘れてしまう事なのだ。その意味で楓の言葉は、説得力が無かった。だが──

「ああ……分かったよ」

彼は頭を掻いて小さく溜め息を吐くと、片眉を潜めて苦笑混じりに頷いた。

──何故だろう。こんな感情を出す事なんて、今迄一度も無かった筈なのに。

きっと──楓の言葉の説得力云々は、自分にとってどうでも良かったのだろう。理屈じゃない。何故なら一生懸命なその言葉と瞳に、彼は僅かながら自分が救われたような気がしていたのだから。

(あんな事──もう楓の奴は、覚えちゃいねーんだろうな)

今でも鮮明に思い出せる記憶を思い返して、『楓』は苦笑した。もし楓がその時の事を覚えていたならば、自分はここまでする必要はなかっただろう。

とはいえ──幾らなんでも、何時の話かも思い出せない昔の「夢」の記憶を覚えている訳が無い。

「まあ……それこそ無理な話、か」

口に出してぼやき、彼は小さく溜め息を吐いた。そして、闇を見上げていた視線を下ろす。と──

「──っ!」

次の瞬間、突如『楓』の全身を激しい脱力感が襲った。崩れ掛ける膝に力を込め、何とか持ち堪える。が、そう長くはもちそうに無い。彼は思わず舌打ちしていた。

(くそ──こんな『力』の使い方、した事が無かったからな……余計に堪えたか)

──極度の疲労のせいだろうか。小細工というものも、意外と疲れるものなのだ。だが、彼はそれを承知で、楓にあの事を理解させれる状況を作り出した。あの時の借りを返す為に。

あの時、楓がああ言ってくれなかったら──あの精一杯の言葉が無かったら、自分はどうなっていたのか分からなかった。もしかしたら、自ら『死』を望んでいたかもしれない。だから──

やや自嘲気味に笑んだ『楓』の姿が、次の瞬間には疲れ果てたその身を委ねるように──永劫の闇に溶けるように、消えていた。

視界と意識を埋め尽くす光が、冷たい蒼から柔らかな白へと変わっていく。そのまどろむ意識の中で、楓は忘れ去った筈の夢の記憶の欠片を思い出していた。

(そう、か……あれは──)

自分に似た容姿を持った、くすんだ紅の瞳の少年。自分は独りだと言っていた──

(独りじゃないと言ったのは、僕の方だったんだ)

胸中で呟く楓の意識が、少しずつ白へと染まっていく。そして、

(僕、は──)

音も無く全てが白一色に染まり、楓が瞼を上げた瞬間──その夢の記憶は跡形も無く消えていた。

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