第六話・真意
−月華の剣士インターネットノベル−

1999/08/30 - 1999/09/02
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「ん……」

柔らかな白い光を浴びて、楓はその双眸をゆっくりと開けていく。──あの空間には無かった、暖か味の有る光がその瞳に射し込み、少しずつ視界の靄を取り払う。

(ここは……)

しばし呆然と宙に視線を漂わせてから、楓は何時の間にか横になっていた体を起こす。が、

「! いつっ!」

上半身を起こすと同時に、鈍痛に身を強ばらせた。痛みの元の肩や横腹に視線を移せば、清潔そうな白い布で手当てしてあるのが見て取れる。そして今気付けば、彼は布団に寝かされていた。

(いったい誰が……?)

痛みがある程度退いてから、楓は辺りを見回す。

そこはどうやら竹取の小屋のようだった。今は楓以外には誰も居ないが、囲炉裏には赤々と炎が焚かれている。そして横の壁の上方に有る明かり取りからは、眩しいほどの陽の光と竹林のざわめきが聞こえてきていた。──恐らく兄と闘った竹林の、すぐそばにある小屋なのだろう。

(確か、僕は──)

強い陽の光に目を眇めながら、楓は自分の記憶を思い返す。

兄と闘い、その途中で意識が途切れた。そしてその後、あの場所でもう一人の自分に会い──

(あれは夢じゃない)

これだけはっきりと覚えている事が、夢でない証拠だ。それに何より──自分の中に、『何か』の存在を感じ取れる。今ならそれが、もう一人の自分なのだと迷わず確信できた。

(結局、僕は……兄さんに勝てなかったのか)

自分の中の『楓』の記憶が教えてくれる。自分は兄には及ばなかった。結局、守矢を倒したのはもう一人の自分──『楓』だったのだと。あのまま闘っていても、自分は勝てなかったろう。

その事実に、楓は深い溜め息を吐いた。今更ながらに、『楓』の言葉の正しさを痛感させられる。『自分を信じる』という事が、どういう事か──

「おっ! 兄ちゃん、気が付いたかい!」

「っ!?」

横手から突然威勢の良い声が掛かり、物思いにふけっていた楓は危うく飛び上がり掛けた。慌てて視線を移動させれば、戸口に立つ竹取風の格好をした男がこちらに嬉々とした目線をくれている。察するところ、この小屋の主だろう。

「いっやー、良かったよホント。あんた、二日経っても目覚めないもんだから、もう駄目なのかと思っちまったよ。大した気力だねぇ、兄ちゃん!」

背負っていた籠を置きつつ、一方的にまくし立てて笑い声を上げる男に、楓は呆気に取られた。そしてようやっと、おずおずと口を開く。

「あの、貴方が僕の傷の手当てをしてくれたんですか?」

「ん? まあな。よく効く薬草をつけといたから、あと三日も安静にしてれば平気だろ。傷が治って落ち着くまで、ここでゆっくりしてきな。しっかし、あんた……何かに追われてるのかい?」

「え? 何かって──?」

囲炉裏の側に腰を下ろしながら聞いてくる男に、楓はきょとんとしておうむ返しに聞き返す。すると男は、囲炉裏で爆ぜる炎を見下ろしながらに言い出した。

「……実はこう見えても、刀にはちょっと詳しいんでね。悪いとは思ったが、兄ちゃんの刀を見させてもらったんだよ。そしたらえらく良い刀な上に、随分と使い込んであるときてる。

兄ちゃん、その歳のわりには確かな腕の剣士なんだろう? その上、かなりの刀傷を負っている事を考えてあんたが維新志士か何かで、新撰組に追われてるんじゃないかって思ってさ」

維新志士──行き詰まっている幕府に見切りを付け、自らの手で新しき時代を創ろうと志す剣士達の事だ。早い話、倒幕運動などをしている武士達の事を指す。

今、世間ではこの維新志士と幕府の名の下に志士を排除せんとする新撰組の衝突が頻繁に起こっているのだ。

それゆえにこの男は、楓を新撰組に追われている維新志士と勘違いしたのだろう。

「まさか。そんな、大層なものじゃないです。それに、あの刀は父の……形見で」

苦笑しながら否定する楓だったが、台詞の後半にはその笑みは自嘲気味なものへと変わっていた。

口調もそうなっていたのか──男はそれに気付いたらしく、眉を潜めて気まずそうに頬を掻く。

「そうか……すまない──悪い事、聞いちまったな」

「いえ、気にしないで下さい。それより──確か僕、この近くの竹林の中で倒れてたと思うんですけど、やっぱり貴方がここまで運んでくださったんですか?」

パタパタと手を振ってから話題を変える楓に、男はあっさりかぶりを横に振った。

「いや、俺じゃない」

「? じゃあ、どなたが──?」

その予想外の言葉に、今度は楓が眉を潜める。すると男はしばし、言おうか言うまいか迷うように逡巡してから、やっと口を開いた。

「実は……一昨日の夜に若い兄ちゃんが、傷だらけで気を失ってるあんたを運んできたんだよ。『すまないが、この者の手当てをして欲しい』とか言ってさ」

「……!」

(それって──)

男の言葉に、楓は固唾を飲んだ。その脳裏に、あの男の姿が浮き上がる。別にまだ、そうと決まった訳じゃない。でも──

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