第六話・真意
−月華の剣士インターネットノベル−

1999/08/30 - 1999/08/30
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「ま、俺も若い時はえらく不安な事が多かったけど。自分が何故、闘っているのか──それをはっきり自覚してないと、簡単に自分を見失っちまう。刀を持つってのは、そーゆー事さ。でもまあ……兄ちゃんの場合は、大丈夫だろ」

「どういう、意味ですか?」

顎に手を当てて言う男に、楓は首を傾げた。すると、男はニッと笑って言う。

「自分にとって大切なものがあるのなら、闘う理由も自ずと見えてくるって事だよ」

そのどこか曖昧な答えに、思わず顔をしかめる。──が、しばらくしてその答えが楓の脳裏に閃いた。

男は楓すら忘れていた事を、気付いていたのである。それは──

やっとそれに気付き、楓は自分に苦笑した。──何故、今迄気付かなかったのだろう。何故、思い出せなかったのだろう。こんなんじゃ、『楓』に馬鹿にされても文句は言えない。

「はい……そうですね」

自分でも不思議なほど、素直に楓は頷く。それは、彼の胸中と同じく──穏やかなものだった。

「もう、行くのかい?」

「ええ」

楓はブーツを履いてから、近くの壁に立て掛けてあった「疾風丸」を手に取って確かめる。

しかし、そのあっさりしすぎた返答が、余計に男の不安をかき立てたらしい。

「……まだ休んどいた方が良いんじゃないか? 下手すると、冗談抜きで傷口が開いちまうよ」

その様子を見ながら、男は眉をしかめてそう促した。

──無理も無い。まだ充分に重傷を負っている楓が、もうここを出ると言い出したのだから。普通なら、体を少しでも動かす度に鈍痛を伴う傷なのだ。楓とて、それを堪えているにすぎない。

だが楓は顔を上げると真剣な表情で、先程とはうってかわってきっぱりと言い放つ。

「確かにそうですけど……でも今は、まだ立ち止まりたくないんです」

様々な事実を知り、理解できた今なら新たに決意できる。師の仇を討つ、と。今の自分には、まだそれが正しい事なのかどうかは判断出来ないが、もう立ち止まって後悔するのは──嫌だった。

その意志が、瞳にも現れたのだろう。男は楓の瞳を見て僅かに目を見開くと、目を閉じて溜め息を吐いた。まるで「仕方が無い」とでも言うように。

「……あんまり無理はするなよ。あんたの兄ちゃんじゃないが、もし生きていたらまた逢おうや」  景気付けるように笑って言う男に、楓もやっと小さく微笑んだ。

「はい。──戻ってきます。必ず……。有り難う御座いました」

感謝の気持ちを込めて深く頭を下げてから、楓は踵を返す。そして、躊躇う事無く歩き出した。

「……やれやれ」

視界から少年の姿が消えたのを合図に、彼は溜め息交じりにどこか疲れた呟きを漏らす。──ああやって送り出してやったものの、男の中には不安が残っていた。勿論、あの少年が無事に戻ってくるか、という不安が。ただしそれは、先程とは別の理由でだった。

(あの兄ちゃん、信念を突き通す決意をしたみたいだが──それが、仇にならないとも限らない)

つまり──信念を突き通すが為に、命までも投げ出すかもしれない、と言う事だ。特に、最近はそういう輩──維新志士という者達が増えてきている為に、杞憂では片付けられない。

だが。男はふとある事を思い出し、その考えを打ち払う。

(まあ……あの兄ちゃんの『強さ』が、本物なら──そんな事は無い筈だがね)

少年が「それでも行く」と断言した時、彼はその瞳に決意と一緒に不思議な『強さ』も感じていたのだ。他の者には無い、むしろ潜在的とも言える『強さ』を。本人が自覚しているか否かは、分からないのだが彼は──少年のそれに、そうではないと賭けたも同然だった。

「賭けたんだったら、信じないと仕方が無いよな」

自嘲気味に呟いてから、彼は日の光を確かめるように手を翳しながら空を見上げた。当然の如く輪郭の無い輝きの塊がそこに浮かび、全てに自然の恩恵を降り注いでいる。

それを見て目を細めつつ、男はさらに胸中で呟いた。

(少なくとも、そこら辺の奴等よりは、よっぽど良い目をしてたぜ。本当に新しい時代を創ってくのが、新撰組でも維新志士でもなく──ああいう奴だと信じたいもんだ)

「──生きて帰って来いよ……あんたには、まだ『会うべき人』も居るんだからな……」

今はもう影も形も見えぬ少年にそう告げてから、男はふと何気に視線を小屋の中に移す。そこには──かまどの側の壁には、どこか古ぼけた感の有る一振りの鞘入りの刀が立て掛けられていた。

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