(僕の闘う理由、か)
南の街道へと繋がる林道を行きながら、楓は男の言った事を思い出していた。
闘う理由──探した事も、あったかもしれない。だけど結局は、何も見付からなかった。ただ、
(兄さんやお師さんと修行してる時も、色々な人と真剣勝負してる時も、僕はいつも『強くなりたい』と考えていた……。兄さんみたいに『強くなりたい』、と。
何で、僕はそこまで『強くなりたい』と思っていたのか──)
『強くなりたい』──そういった願望は、誰しも一度は抱いた事が有るのではないだろうか。己の非力さ故に、力を望む。それがどれぐらいの『力』なのかは、人それぞれではあるが。
自分はただその願望のみを強く持って、肝心の理由の方を忘れてしまっていたのか。もしかしたら──いや、『力』を望む理由と闘う理由は、「同じ」なのに。だが、
『自分にとって大切なものがあるのなら、闘う理由も自ずと見えてくるって事だよ』
あの言葉を聞いた時、『自分にとって大切なもの』というのが、すぐには分からなかった。だけど、それに思い当たるのに苦労はしなかったように思える。つまり、男は──
(あの人は、兄さんが僕にとって『大切な存在』なのだと、気付いていたんだ)
兄の伝言を聞いた時、正直言って信じられなかった。自分と闘った兄が何故──、と。だが同時に、安堵してもいた。きっと男は、それに感づいたのだろう。
しかし自分は、そのとき何故自分が安堵したのか、はっきり分からなかった。が──
『私が己の道を行くが為に、お前まで捲き込んでしまった事を詫びる──』
──そうだ。今なら、分かる。自分はその言葉から、兄が──昔と『変わっていない』事に気付いて安堵したのだ。兄が昔と変わらず、自分達の事を『想ってくれている』事に。
自分は、全てが──昔と変わってしまったと思っていた。だけれど、実際はそうではなかったのだ。姉も、そして兄もお互いの事を想っている。無論、自分もだ。ならば──
(僕達の『絆』は……まだ消えてない)
師が時折、口にしていた。自分達は、確かに最初は他人だった。だが、こうやって共に生活してお互いを支え合う事で、家族という『絆』を得る事が出来たのだ──と。
実際、その『絆』──家族の存在も、師の言葉と同じほどに自分の心を支えてくれていたのだ。まだ『絆』があるのであれば、これから先も信じていける。
(だったら僕は……その『絆』を護る為に、闘おう。自分の為にも、兄さん達の為にも──)
自分にそれを与えてくれた、師の為にも──。
誰にとも無く宣言した楓は、日差しが強くなった事に気付いて空を見上げる。林を抜けたらしい。
(帰ってきたら──あの人に、ちゃんと礼を言わなきゃ行けないな)
もう見える筈の無い小屋を一度振り返ってから、楓は街道を南へ向かって歩き出していた。