第七話・堕天
−月華の剣士インターネットノベル−

1999/09/02 - 1999/09/20
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再度、口を開いた嘉神の姿が突如──楓の視界から掻き消える。楓は動揺しつつもすぐに視線を巡らすが、そのどこにもあの男の姿は無かった。

「……?」

だが、その事実に我知らず楓が顔をしかめた瞬間、あの男の姿が消えた時同様──突然、背後に微かな風の流れを感じ取る。

(──っ!?)

楓が驚愕に、まともな声を上げる暇すらあればこそ──

ドッ──!

反射的に振り向いていた楓の左の二の腕を、背後を取った嘉神の刀が深々と貫いた。

「!! く、あああぁっ!」

たまらず楓は苦鳴を迸らせるが、嘉神は顔色一つ変えずにもう片方の手で楓の胸倉を掴み、刀をそこに刺したままその体を軽々と持ち上げる。そして、辛うじて痛みに耐える楓に告げた。

「やはり、所詮は子供だな。感情で戦局を見失うとは、剣士に有るまじき事だよ」

そう言って嘉神は、暗い喜悦の混じった残忍な笑みを刻む。そして、楓の腕に刺した刀を──素早く引き抜いた!

ボン!!

その瞬間、それが火付けの役目を果たしていたかの如く嘉神と楓との間に炎が膨れ上がり、眩い閃光と共に爆砕する。その爆発をまともに食らい、楓は一気に背後の壁まで吹っ飛ばされた!

ドガッ!

「──っ! つあっ!!」

背中を壁に強打した瞬間、四肢がバラバラになるような衝撃と痛みが楓に襲い掛かる。特に押さえた左の二の腕からは血が噴き出し、最早左手で刀は握れない。辛うじて治せない傷ではないだろうが、どちらにせよ今は無理だろう。

(『朱雀』の名は、伊達じゃない……か)

やはり認めざるを得ない。あの男は、間違いなく自分より強いと──。

近くに転がっていた──今の爆発で取り落としたらしい──刀を右手で拾い上げ、楓はよろめきながら立ち上がった。そのおぼつかない動作に、それを黙って見ていた嘉神が含み笑いを漏らす。

「どうした? 貴様の師も、兄も──もっと強かったぞ」

「! 何故、兄さんの事を──?」

その呟きに微かに体を震わし顔を上げて問う楓に、嘉神は余裕の笑みを湛えたまま答えた。

「貴様の師を殺しに行った時に、刀を交えたのだよ。確か、御名方家の末裔だったな。あのときは感情が昂ぶっていたようだが、それでも良い太刀筋をしていた。この私に、痛手を負わせたのだからな。──ふふ……あの時に食らった首筋の傷、未だに残っているよ」

「…………」

むしろ嬉々として語る嘉神の台詞に、楓は言葉も──表情すらも失い俯く。

(『僕』では、この人には勝てない。でも──)

師の躯。立ち尽くす兄の姿。血に濡れた刀。床を深紅に染めた大量の──。そのときの兄の瞳に在った深い悲しみの色を、自分は忘れてはいない。

(兄さんはあの時、僕の一撃を避けなかった……)

楓が右手に掲げている刀の柄が、僅かに音を立てる。しかしそれは、楓の意識には届かなかった。

その意識の奥底で、何かが静かに明滅を始める。その全身が、小刻みに震えていた。

「もう少し手応えがあるものと思ったが……私の思い違いだったか。そろそろ貴様を、師と同じように我が手で黄泉へと送ってやろう。黄泉で己の無力さと愚かさを呪うが良い──!」

「期待外れ」とでも言いたげな言葉を漏らし、嘉神は何気に素手の方の腕を振り翳す。そして手の平から激しくうねる炎を生み出し、立ち尽くす楓へと解き放った!

炎は蛇のように、唸りを上げて獲物に迫っていく。その素早さは、楓に避ける暇を与えなかった。

ゴオッ──ガゥンッ!!

それはあっさり楓を呑み込むと、その一帯を火の海と化す。楓の姿は──完全に見えなくなった。

「…………」

炎で瞳を不思議な色合いに輝かせつつ、嘉神は無言で目を細める。そして炎が小さくなっていくのを確認すると、表情を消して目を閉じた。しばしして──

「……まさか、本当に『目覚めていた』とは思わなかったぞ」

言うと共に瞼を上げていく。何時の間にかその顔には、薄い笑みが戻っていた。やがて、

「そこまで露骨に誘ってくれちゃあ、応えてやるしかないだろ?」

ある筈の無い、返答が有った。未だ燃え盛る、炎の中から──

「ったく、ご丁寧な挑発で『俺』を出させようとしてくれるとはね。さすがは『朱雀』だぜ」

荒々しい声音と共に、炎の中から一つの影が滲み出るように現れる。熱気に揺れる髪は金色に煌き、目の前の男を射る瞳の輝きは赤く、曇りが無い。それ以外は先程の少年と、同じ容姿──

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