さすがに顔色を豹変させて呟く『楓』に、嘉神は小さく頷いた。
(「これ」が……『青龍の力』だってのか?)
昔から──五年ほど前から、現れ始めたこの蒼雷を操る力。確かに、普通の人間が成せる業ではないだろう。自分でも、この『力』がいったい何なのか、不思議ではあった。
しかし。だからといって、自分が御伽噺とすら思っていた四神だったなど、信じられる筈が──
僅かな脱力感に、『楓』は無意識の内にうな垂れていた。一方、嘉神はあっさりそれを肯定する。
無感情に響く『楓』の声──しかしそれは、先程までの沈んだものではなかった。何故なら、
その言葉の通り、『楓』の顔から何時の間にか憂いは消えている。
──どうやら、「自分」をこの場所に来るよう促すようなあの感覚は、『青龍の力』の影響だったらしい。それにも関わらず、その先に居たのは自分が師の仇として捜していた者だった。
『青龍の力』が何故、自分をここに導いたかは知らないが、その結果同時に自分の捜し物まで見付かった訳だ。これを「面白い」と言わずして、何と言おう。
軽く言い放ってから、『楓』は刀を床に突き立てた。そして、右手を左腕に伸ばし──
ビッ! ビビーッ!
既に真っ赤に染まっているシャツの袖を掴み、力を込めて引き裂く。そしてそれを右手と口とを使ってさらに裂き、器用に左の二の腕に巻き付けて縛った。これだけでは左腕の握力は回復しないが、これ以上の出血ぐらいは防げるだろう。さすがに痛みを伴うが、少し動かすぐらいならできる。
その左腕を試すように動かしてみてから、準備は万全と『楓』は刀を抜いた。
何故か──恐らく絶対の自信の表れなのだろうが──、わざわざその準備が終えるのを待っていた嘉神は、それを確認してやっとまた口を開く。
忠告を口にする嘉神に、『楓』は不敵に笑ってみせた。そして応える。
好戦的な『楓』の台詞を受け、嘉神の瞳に侮蔑のようなものが覗く。そしてそれは次の瞬間、彼の口からはっきりと現れた。
嘉神の言葉につっけんどんに言い返し、『楓』は皮肉を込めた口調で問う。すると嘉神は口の端を吊り上げ、不気味な笑みで答えた。
毒づくように吐き捨てると、『楓』は目付きを鋭くして嘉神に突っ込んで行く。その速さ自体は申し分ないが、手負いである彼がそのような行動に出るのはあまりにも無謀すぎた。
ギンッ!
大上段から斬りかかる『楓』の刃を受け止め、嘉神は軽くそれを弾き飛ばす。元から腕力は嘉神の方が当然、上なのだ。ましてや、『楓』の腕力は既にかなり殺がれている。
(やっぱり純粋な体力勝負じゃ、分が悪いか……)
いつもは勝気の『楓』も、胸中で舌打ちしていた。これでは、得意の力技はそうそう使えない。下手をすれば、却ってこっちが痛い目を見る事になりかねないだろう。
嘲笑うかのような台詞が耳に届いたかと思うと、続いて嘉神の姿が迫ってきた。音も無くその白い外套が、死を運ぶ翼のようにはためく──