第八話・胎動
−月華の剣士インターネットノベル−

1999/11/13 - 2000/01/10
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「俺が……四神──?」

さすがに顔色を豹変させて呟く『楓』に、嘉神は小さく頷いた。

「別に驚く事でもないだろう? その『力』が、何よりの証拠だ──『青龍』の意志を継ぐ者よ」

(「これ」が……『青龍の力』だってのか?)

昔から──五年ほど前から、現れ始めたこの蒼雷を操る力。確かに、普通の人間が成せる業ではないだろう。自分でも、この『力』がいったい何なのか、不思議ではあった。

しかし。だからといって、自分が御伽噺とすら思っていた四神だったなど、信じられる筈が──

「信じられない、とでも言いたそうだな。だが、むしろ幸福だと思うべきではないか?『青龍』の意志を継いだという事は──貴様の師の意志を継いだと同じなのだからな……」

「じゃあ、何かよ。お師さんも『青龍』だった──ってのか?」

僅かな脱力感に、『楓』は無意識の内にうな垂れていた。一方、嘉神はあっさりそれを肯定する。

「そうだ。恐らく、慨世は貴様が『青龍』を継ぐべき者と知り、孤児の貴様を引き取ったのだろう。我々四神は、お互いの『力』を感知する事が出来るからな」

「──なるほど。それであんたは、俺が四神だと分かった訳、か……」

無感情に響く『楓』の声──しかしそれは、先程までの沈んだものではなかった。何故なら、

「……中々、面白い話になってきたじゃねえか」

その言葉の通り、『楓』の顔から何時の間にか憂いは消えている。

──どうやら、「自分」をこの場所に来るよう促すようなあの感覚は、『青龍の力』の影響だったらしい。それにも関わらず、その先に居たのは自分が師の仇として捜していた者だった。

『青龍の力』が何故、自分をここに導いたかは知らないが、その結果同時に自分の捜し物まで見付かった訳だ。これを「面白い」と言わずして、何と言おう。

「つまり、俺は二つの理由でここに来た事になる訳か。『青龍』の守護神としてと、お師さんの仇討ちの為と。『青龍の力』が何で、俺をここに導いたのかは知らねーけど……まあいいや」

軽く言い放ってから、『楓』は刀を床に突き立てた。そして、右手を左腕に伸ばし──

ビッ! ビビーッ!

既に真っ赤に染まっているシャツの袖を掴み、力を込めて引き裂く。そしてそれを右手と口とを使ってさらに裂き、器用に左の二の腕に巻き付けて縛った。これだけでは左腕の握力は回復しないが、これ以上の出血ぐらいは防げるだろう。さすがに痛みを伴うが、少し動かすぐらいならできる。

「取り敢えず、お師さんの仇は討たせて貰うぜ」

その左腕を試すように動かしてみてから、準備は万全と『楓』は刀を抜いた。

何故か──恐らく絶対の自信の表れなのだろうが──、わざわざその準備が終えるのを待っていた嘉神は、それを確認してやっとまた口を開く。

「……その心意気は認めるが、それより己の死の覚悟をした方が利口ではないか?」

忠告を口にする嘉神に、『楓』は不敵に笑ってみせた。そして応える。

「あいにく、俺は気に入らない奴の忠告を聞くほど人間が出来ちゃいないんでね」

好戦的な『楓』の台詞を受け、嘉神の瞳に侮蔑のようなものが覗く。そしてそれは次の瞬間、彼の口からはっきりと現れた。

「四神とはいえ、所詮は人間……貴様も師と同じようだな。愚かすぎて、憐れみすら感じるよ」

「ふん。あんたみたいなのに憐れんでもらうほど、腐っちゃいねーよ。しっかし、わざわざ俺の『力』の事を説明してくれるなんざ、えらく親切だな?」

嘉神の言葉につっけんどんに言い返し、『楓』は皮肉を込めた口調で問う。すると嘉神は口の端を吊り上げ、不気味な笑みで答えた。

「別に、親切心で説明した訳ではない。私としては、貴様に猶予を与えてやったつもりなのだが?」

「冗談──。そういうのはな……余計なお世話って言うんだぜ!」

毒づくように吐き捨てると、『楓』は目付きを鋭くして嘉神に突っ込んで行く。その速さ自体は申し分ないが、手負いである彼がそのような行動に出るのはあまりにも無謀すぎた。

「ふ……!」

ギンッ!

大上段から斬りかかる『楓』の刃を受け止め、嘉神は軽くそれを弾き飛ばす。元から腕力は嘉神の方が当然、上なのだ。ましてや、『楓』の腕力は既にかなり殺がれている。

(やっぱり純粋な体力勝負じゃ、分が悪いか……)

いつもは勝気の『楓』も、胸中で舌打ちしていた。これでは、得意の力技はそうそう使えない。下手をすれば、却ってこっちが痛い目を見る事になりかねないだろう。

「『青龍の力』──どれほどのものかと思えば……その程度か?」

嘲笑うかのような台詞が耳に届いたかと思うと、続いて嘉神の姿が迫ってきた。音も無くその白い外套が、死を運ぶ翼のようにはためく──

「はっ!」

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